妊娠中絶による慰謝料について

交際している男女の間で、女性が妊娠し、やむなく中絶することになった場合、女性は慰謝料を男性に請求することはできないのでしょうか。
基本的には、性交渉によって妊娠するという行為自体は、合意の上の性交渉である以上、何ら違法性のあることではなく、慰謝料を請求することはできません。
そのため、従来は、性行為や中絶が女性の意思に基づくものである以上、慰謝料の請求は認められないという考え方が一般的でした。

 

ただ、東京高等裁判所・平成21年10月15日判決(平成23年6月1日刊行の判例時報2108号57頁)の事案(結婚相談所を介して交際を始めた男性と女性が性交渉を持ち、男性と女性が別れた後に、女性の妊娠が発覚したところ、男性が話し合いをしようともせず、ただ女性に子を産むかそれとも中絶手術を受けるかどうかの選択をゆだねるのみであったのであったという事案)について、男性に慰謝料の支払いを命じた判決があります。

理由は以下のとおりです。控訴人を女性、被控訴人を男性と読みかえてください。

「控訴人と被控訴人が行った性行為は、生殖行為にほかならないのであって、それによって芽生えた生命を育んで新たな生命の誕生を迎えることができるのであれば慶ばしいことではあるが、そうではなく、胎児が母体外において生命を保持することができない時期に、人工的に胎児等を母体外に排出する道を選択せざるを得ない場合においては、母体は、選択決定をしなければならない事態に立ち至った時点から、直接的に身体的及び精神的苦痛にさらされるとともに、その結果から生ずる経済的負担をせざるを得ないのであるが、それらの苦痛や負担は、控訴人と被控訴人が共同で行った性行為に由来するものであって、その行為に源を発しその結果として生ずるものであるから、控訴人と被控訴人とが等しくそれらによる不利益を分担すべき筋合いのものである。しかして、直接的に身体的及び精神的苦痛を受け、経済的負担を負う被控訴人としては、性行為という共同行為の結果として、母体外に排出させられる胎児の父となった控訴人から、それらの不利益を軽減し、解消するための行為の提供を受け、あるいは、被控訴人と等しく不利益を分担する行為の提供を受ける法的利益を有し、この利益は生殖の場において母性たる被控訴人の父性たる控訴人に対して有する法律上保護される利益といって妨げなく、控訴人は母性に対して上記の行為を行う父性としての義務を負うものというべきであり、それらの不利益を軽減し、解消するための行為をせず、あるいは、被控訴人と等しく不利益を分担することをしないという行為は、上記法律上保護される利益を違法に害するものとして、被控訴人に対する不法行為としての評価を受けるものというべきであり、これによる損害賠償責任を免れないものと解するのが相当である」

この判決を端的にいうと、女性が中絶することによって生じる身体的肉体的苦痛を軽減・解消する義務を男性も負っており、そのような行為を行わない場合は不法行為(つまり慰謝料の支払い義務)に該当するというものです。そして、男性側に女性が被った損害のおよそ半分の負担が認められたものです。

しかし、あくまで上記判決は、当該事例に基づく一例に過ぎず、他の裁判所を拘束するものでないため、一般論として妊娠中絶による損害賠償請求が認められるというものではありません。

現時点では、性交渉の結果、妊娠し、事情によっては中絶に至る場合もあると思いますが、それをもって当然に必ず男性に対して慰謝料等の請求が認められるとはいえません。

もっとも、司法の場面においても、妊娠中絶が女性にとって肉体的にも精神的にも極めて大きな負担であるという理解が深まり、その負担を少しでも軽減しようという流れが生まれつつあると評価してもよいのではないでしょうか。